2009 年 8 月 12 日 — 1:32pm
変化が激しいWEBの世界。
今は「ストリーム」という方向に向かっているようだ。
Google リーダーを使っていると、
購読している元サイトを全く意識しなくなる。
更新された内容だけが大事であって、
元サイト自体はアーカイブとその装飾に過ぎないとすら思ってしまう。
私がネットを始めた1999年を思い出すと、
友人達の思い出したように更新するホームページを見るのは大変だった。
IEのお気に入りをしらみつぶしでアクセスして、
本日1サイトも更新なし!とか、、、
大学生だった私は、時間の儚さをWEBによって学んだものです。
今ではRSSらフィードによって最新情報を届けてくれる。
しかしフィードの凄さはそれだけではなかったようだ。
子供の頃、丹沢の田舎で親戚のじいちゃんが
水田の取水と排水を巧みに操り、
沢山繋がった水田が、次々と新鮮な水で満たされて行く、
キラキラした流れを飽きずに見ていたものだが、
これと同じ事が今のWEBで起きているようだ。
さっそく実践してみようと思い、
自分の写真サイトのe-studioty.netを
毎日一枚ずつ自動更新するようにプログラムした。
そしてmedia対応した、RSS(http://e-studioty.net/index.xml)を毎日出力するように作ってみると、、、

e-studioty.netはcronで7時にTOPとRSSが更新される。
e-studiotyのRSSが更新されると、friendfeedに流れる。

friendfeedのRSSが更新されると、mixiやfacebookに流れる。


同時にtwitterにも流れる。
twitterは色々な形で利用されるので、その先の流れはもはや不明である。

きっと丹沢のじいちゃんは、天国でこう言っているだろう。
「水田は上流が一番大事さ。そのストリームってやつもそうだろう?」
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2009 年 8 月 3 日 — 3:00pm
山の奥地で一晩、寝た事があるだろうか?
深夜3時、ふいにあなたはトイレがしたくなる。
まぶたを開けても閉じても同じ暗闇の世界だ。
立ち上がろうとした時に落とす、小石の音にびっくりするだろう。
それくらい静寂で静謐な無音の森。
やがて目が慣れてぼんやり見えるのは、
圧迫感のある山の稜線と、無数の星屑たち。
自分一人だけの素敵な時間だ。
しかし、そんな時が一番危ないのかもしれない。
山は常に代償を求める。

八ヶ岳へ一緒に登った友人と話したら、
お互い記憶が食い違っている、ある場面があった。
それは深夜3時の山中での出来事だ。
私は尿意を感じテントを出た。
周りには私たち2人しか居ない寂しい場所だ。
トイレをすませてテントに入ると、
薄いシートごしに、友人のテントに白い光が灯ったのが見えた。
彼がヘッドライトをつけたのか、起こしてしまったらしい。
悪いね、と思いながらまたすぐに眠りについた、、、

後日。友人から、
「あの日なんか深夜、起きたよね?」
「そうそう、トイレをしてたんだよ。」
「その後、俺のテントに来たでしょ?あれって何だったの?」
「え?行ってないよ。」
「ん??だって俺のフライシート(テントに被せるシート)のジッパーを
開けたじゃん。入り口で座って待ってたみたいだけど、、、」
「いやいや、すぐに自分のテントに入ったから行ってないって。
そういえばその時、ヘッドライトつけて起きたじゃん。」
「いや、一回もヘッドライトなんてつけてないよ。」
「ええ?テント越しにヘッドライトの白い光が見えたよ!」
「俺のヘッドライトは豆球だよ!光は黄色だって!」

思い返せば、その次の日は奇妙な一日だった。
阿弥陀岳で私はハイになってしまい、どんどん登っていると、
「田中!! 田中!!!」
と友人の叫び声が聞こえた。
ハッとして、急いで友人の所へ下りると、
その辺りだけ何故か霧が濃く、動けずにいたのだ。
その後なんとか頂上に行き、急なガレ場を下りて行くと、
足元が不安定な道になった。
後から来る友人の落石が体をかすめた。
こんな道は知らない。
どうやら道を間違えたらしい。
再度、登ろうにも地盤が緩すぎて登れない。
困った。
しかし幸いな事に7m横に登山者の姿が見えたので、
そちらへ斜面を横断して戻り助かった。
道をたった7mずれるだけで地獄が待っていたのだ。
山は危険と言いつつも、今まで一度も危険な事なんてなかった。
僕たちはこの日の事を教訓にしつつも、
どうしてもあのテントの夜に結びつけてしまう。
やはりあの時、地獄から迎えに来られたのだろうか?

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2009 年 8 月 1 日 — 11:16pm
小学生からの友人と深夜カフェ。
彼とはいつもくだらない話で終始するが、
それはそれで私にとって貴重な時間だ。
ニコン一眼レフを購入した彼。
同じニコンユーザーとして嬉しく、
ちょうど開かれる花火大会へ、一緒に撮影しに行こうと誘ったが、
「俺は花火大会は大嫌いなんだ!
行きたくも見たくもないし、
あんなものを観て喜ぶ奴らの気が知れない。
飛び散った火の粉でみんな死ねば良いのに!」
と、烈火の如く断られてしまった。
残念。
普通はこんな言われたらケンカにでもなりそうなのだが、
無駄に長い付き合いだけ合って、
なんか怒ってますなぁ、と冷静に傍観できてしまうのだ。
「もしバレンタインで嫌な事があったら、バレンタインが嫌いになるだろ!
それと同じ事だよ。」
なるほど、地雷を踏んでしまったらしい。

イギリスに留学していた時も、突然怒り出す外人が結構いた。
日本人にとっては怒る事でもないのに、
彼らにとっては地雷だった、などなど非常に多様で予測不可能。
私はイギリスで黒人に襲われた事を
ちゃかして言われると無性にハラが立つ。
人はみな、地雷を抱えて生きている。
誰だって嫌な思い出はあるもんだ。
地雷を踏んだらサヨウナラ、ではなく
笑い話にできるまで昇華したいものだ。

ちなみに戦争カメラマン、一ノ瀬 泰造の
弾丸が貫通したニコンFを見て、単純ですがニコンユーザーになりました。
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