生まれる。についてのメモワール

今年もあとわずかですね。
色々ありましたがやはり、個人的には子を授かった事が一番の出来事でした。

つい先ほど、その生まれた時の心境を忘れないうちに文章にしたメモが見つかり、
読み返しますと、なかなかに大変な一日だったので、
この出来事が何かの役に立てばと思い、
あなたにお送りしますね。

  * * *

「生まれる。」

妻の妊娠はとても嬉しい事実に違いなかったが、
初産としては多少高齢なため、
出産予定日が近くなるにつれ様々な問題が生じてきた。

血圧の上昇、腎臓の機能低下、血液凝固の機能低下、、、
定期検診のたびに数値が悪くなってゆく妻を尻目に、
お腹の赤ちゃんだけはすくすくと育って行った。だが——

妊娠37週目の検診で、赤ちゃんの動きがかなり低下していると医師から伝えられた。
急性の妊娠中毒症とも。
「いますぐ、生まないと母子ともに危険な状態です。
 できれば陣痛促進剤による自然分娩で生ませてあげたいけれど、
 リスクを考えると、帝王切開がやはり一番の選択だと思う。どうしますか?」

  * * *

控え室で待つ時間、それはとてもとても長いものだった。
深夜の誰もいない部屋に、味気ない蛍光灯の下で、唸るエアダクトの音だけが響く。
もう10分たったかと時計を見れば、1分すら経過していない。
椅子もドアも花瓶も、全てが止まったままの部屋で時間間隔が歪んでゆく。

僕たちは帝王切開でお願いしますと、医師に伝えた。
自然分娩にこだわって妻や赤ちゃんに後遺症がでたら元もこうもない。だが、
心のどこかで火種がくすぶっていた。

本当に帝王切開でよかったのだろうか?
もしかしたら自然分娩でも大丈夫だったのでは?

出産前の想像では、
妻がいきみ、僕はその手を握り、やがて助産師さんが赤ちゃんを取り上げ、妻の腕の中へ、
そして、涙する。

そんな理想を何度も描いていたのだが、実際は正反対になってしまった。
うなだれた。
自分の手を見た。
結婚指輪が見えた。
いつもより輝きが鈍くなっている気がした。
その時、激しく後悔した。ばかじゃないかと。
今、戦っているのは妻であり赤ちゃんなのだ。
体を痛めず、ただのうのうと待っているだけの自分が
理想やらを語る資格なんて、まるでない。
ただただ妻の無事を祈る。ただただ赤ちゃんの——

「旦那様ですね!?手術は無事終わりましたが、
 赤ちゃんは息がかなり浅いようです。来てください!」

——無事を祈る。

  * * *

何もないところから人は弱々しく始まるのだと、
保育器のなかの赤ちゃんを見て思った。
浅い息を繰り返しながらも、なんとか生きようとする姿を見ていると、
目頭が熱くなってしまう。
もう自分なんてどうでもいい。
ただ一つ願いが叶うのなら、どうか目の前の赤ちゃんに、
少しでも力強い鼓動を与えてください。

妻の病室に行くと、妻は仰々しいほどの装置に囲まれていた。
重度の妊娠中毒症だったためか、手足の震えが止まらない。
まだ自分の赤ちゃんを見ていない彼女に、先ほど携帯で撮った写真を渡した。
酸素マスク越しに、口元が緩むのが見えた。
震える両手で、画素が粗い携帯写真を食い入るように何度も、
いつまでも見つめている、慈愛に満ちたまなざしと、
体を犠牲にしながらも子を想う母の姿に、
涙した。
 





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